大学5浪、30歳で就職活動したときのこと(1)
少し前の記事で、
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というのがあって、はてなブックマークでも話題になっていたのを見た。
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これって他人事じゃないと思った。
私は、大学5浪し、27歳で大学卒業後、公認会計士試験受験で卒3で挫折し、ほぼ30歳で初の就職活動して、とにかく仕事がなかったりした。そういう私からすると、すごく近い、ありえた未来と思えた。
今でこそ、30歳から始めた営業職の領域で、37歳の今は転職を経て管理職になり、まだまだ途上なんだけど、なんとかやってきた。ここに至る道はいろいろな偶然や運と出会い、ちょっとした心がけがミックスした結果だった。
ライフハック的な解決策としては、すでに分裂勘違い君劇場さんで、うまく書かれている。
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そうそう、と頷きながら読んだのだけど、じゃあ、と私の経験を書いてみて、それが誰かの役に立てばいいなと書いてみる。今からほんの8年前のことだ。
大学5浪、30歳で就職活動したときのこと(1)
今から8年前の夏。2000年7月。僕は就職のため履歴書を書いていた。
そのとき僕は29歳。
公認会計士試験を大学在学中から5年間受験しつづけていた僕は、受験を諦めて就職活動を開始したところであった。
毎週月曜日、週刊Bingをコンビニで買ってきては応募先を探し、履歴書を書いては送っていた。
公認会計士試験は、現在では少し制度が変わったが、1次試験、2次試験、3次試験を経て、晴れて国家資格の公認会計士となれる。
1次試験は教養を問うもので、大学の教養課程を終わっていれば免除される。そのためほとんどの大学生は大学3年次から公認会計士2次試験と呼ばれる試験を受験する。
2次試験では、簿記、原価計算論、財務会計論、商法、監査論の5科目が必須科目で、経営学、経済学、民法から2科目を選択する全7科目の試験だった(試験科目は当時。現在では少し変わっている)
この試験の特徴は科目合格制ではないため、7科目をバランスよく得点することが合格のためのポイントとなる。落ちれば翌年に全科目受けることになる。晴れて2次試験に合格すると会計士補の資格が得られる。
3次試験は、会計士補の資格取得後、公認会計士協会の実施する実務補習と、実際の監査の現場での現場研修2年間を経ると受験資格が与えられる。3次試験に合格して初めて公認会計士となれる。
一般に2次試験の合格者平均年齢は25-27歳くらいで、3次試験の合格者は30-33歳くらいであった(と思う、記憶頼りなので違うかも)。
ここまでが試験概要である。それでは当時の僕の話をしていこう。
大学に5浪して23歳で入った僕は特にやることがなかった(この話はまた別な機会に)。
5浪して入学したために正規のルート(あるとすれば)を外れてしまったと思っていた。
「これからどう生きればいいんだろう」という強い憔悴感が、将来への漠然とした不安とともに時折心の中に現れては消えたりしていた。
「就職先がないだろうなぁ」という不安は当時の僕の心の中に暗雲のように立ち込めていた。
大学の就職科に相談に行ったことがある。
僕の経歴を話して、就職先があるかどうか聞いてみた。何か知恵をくれたり、助けてくれるのではないかと少し期待していた。
30分ほど待って面談することができた大学の就職科職員は話を聞くなりあっさりと言った。
「んー、ないね。自分で探すしかないね」
「え、えーと、たとえば、ハローワークとか求人雑誌とかでですか?」
「うん、そうだね。そういうので自力でやるしかないんじゃない?」
どうしたら良いかの答えは得られなかった。「そうですよね、へへ。」と愛想笑いをしたのを覚えている。
愛想笑いをする必要があったのか分からない。当時はとにかく、就職がない自分の状況が恥ずかしかった。
そうした中、5月に構内の案内で見た大学の経理研究所主催の公認会計士受験説明会を知り、ふらっと出席してみたのが受験を始めるきっかけであった。
説明会で話を聞くと、俄然、公認会計士という職業が魅力的に思えてきた。会計士という職業の魅力もなくはなかったが、むしろ「資格を取って就職する」ということがすごく魅力的だった。5浪の僕にも、会計士という資格を得ることで「就職」というものに潜り込めそうな気がした。
「この資格を取れば就職先も出来そうだ、会計士試験を受験しよう」と、当時としてはとても魅力的な考えに思えた。
大学を卒業して社会に出て行くのに、どこにも社会での居場所がないというのは、当時としてはどうしたらいいか分からないくらい大きな不安と悩みだった。
就職先がないというのはそうした種類の悩みだ。「社会でどこにも居場所がない」ということと同義だからだ。
大学在学中という猶予されている4年間が過ぎたらどうすればいいのかを常に考えていた。
というわけで、公認会計士という資格を得る、その資格により職を得るというのは、僕にとっては魅力的な将来の選択肢であった。
試験に受かるか受からないかは何ともいえなかったが、論文は得意なので何とかなるだろうと楽観的に考えた。というより、社会に居場所がないという強烈な不安から逃れるためには、公認会計士を目指す以外に考えられなくなっていた。
そうして、公認会計士試験を受験することにし、両親を説得し、専門学校費用などを出してもらって、大学1年の冬から公認会計士を目指して受験勉強を開始したのであった。1995年の冬のことである。
(2)につづく。