ビジネス本マニアックス

内藤による働く人のためのビジネス本紹介サイト⇒自身の30歳の就職活動についても書いたり。10年くらい更新止まっています。⇒「はてなダイアリー」から「はてなブログ」へ移転しました

BIG tomorrow(ビッグトゥモロー) に掲載されました

BIG tomorrow(ビッグトゥモロー) 2016年 11 月号 
『学歴が低くてもエリートに負けない「型破り仕事術」』の企画で取材いただき掲載されました。

取材いただきありがとうございました!

(#更新するの3年ぶりですねぇ。。 コメント欄にはちょくちょく返信を書いていますが。)

迷うなら全部やる、という考え方

迷うなら全部やる、という考え方


よく、コメント欄で相談を受けるんですけども、社会に出遅れた状態でいるときに、「就職に当たってAとBとCをしたほうがいいと思うんですが、どれをしたらいいですか?」という質問をもらいます。(今貰ってる方だけでなくて今までも多く貰いました)


答えは基本的に決まっていて、「全部やりましょう」です。


(1) やったほうが良いと自分で思っている。
(2) どれが必須でどれは捨てていいと分からない迷ってる状態。

この場合、全部やるのがいいんです。


自分の勘は多くの場合、正しいからです。だからやったほうが良い。


一度には出来ないとか、一つずつとか思うんでしょうけど、そんな心配は大抵は杞憂です。やれば出来るものですよ。大抵の場合。むしろ、そうやって自分の可能性を狭めないほうがいいんです。どうして、一つずつやったほうがいい、一度にやらないほうがいい、なんて思い込んでいるんですかね。 成長したいなら、貪欲にガツガツ行きましょう。


また、A,B,Cの3つあって、1個目でアタリだったら楽だとか思わないことです。そういう節約はダメなんです。自分の能力を狭めてしまいます。

A,B,Cあったら、全部やる。そうすれば、どれがいいか今後の判断がつくようになるでしょう。つまり、将来の時間が節約できるんです。そこで試していないと、将来でまた悩むことになります。

最短ルートを行こうとするのではなくて、全部のルートを全速力で駆け抜けるのがいいんです。遅れを取り戻すというのはそういうことです。


もちろん2つやるなら2倍頑張る必要があります。2倍時間をかける覚悟でやればいいんです。たいていは1.6倍くらいで済みますから。9時〜17時でやる予定だったのなら、8時〜22時くらいでやればいいんです。そのほうが、悔いは残りませんし、大きな成長が得られます。


頼まれ仕事も同じです。自分がやったほうがいい仕事が3つ来たら、3つ請ける。やってきた仕事はどんどん請ける。社内であろうと、受注です。注文はある限りどんどん請けていく。納期は長時間労働と、能率の改善と、プロセスの改善でクリアする。そうすることで劇的に成長できます。だって、経験値がメチャクチャ上がるから。

もちろん、自分の中で吸収した仕事は誰かに振ってもいいんですけど、自分の中で経験値上がる仕事は多少無理しても請けてしまったほうが、トクになります。


と、まあ、上記は例によってマッチョ系な考え方なので、肉体的や精神的に出来ないなと思う人は無理しないで、自分の身体を守ることを最優先してください。自分の身体を壊してまで得られるものはありません。

僕も自分の身体を守りつつ、フルに頑張るだけです。自分の中でどこまで出来るかのモニタリングは欠かしません。だから体力を回復させる方法とか、精神的なストレスを解消する方法をかなり熱心に取り組んでいるんですね(以前にいろいろエントリ書いてますが)。


身体を壊さないように。でも、自分で思いこんでいるよりも、自分の限界は高く、もっと頑張れるものなので、その水準まで負荷をかけて頑張るのがいいんですね。だから、A,B,Cの3つあって、どれがいいか迷ったら全部やるのが良いのです。

学歴はどこまで重要か⇒学歴より集団内で相対的に優秀と思われるよう

学歴はどこまで重要か⇒学歴より集団内で相対的に優秀と思われるように。そのための方法


少し前にコメント欄で質問を受けて回答したのですが、よくある質問なので、エントリにしてみます。


「社会に出たら学歴とはどこまで重要になってくるのでしょうか?」


よくある質問なんです。OKWaveあたりに、よくありますよね。


模範解答としては、「学歴は、最初は関係しますが、30代くらいになるとほとんど関係がなく、実力次第です。」です。(特定の学部を出ないといけないような職業を除きます)


確かにそうですね。いちいち、あなたは何大出身かなんて話は普通はしません。相手が頭が良いか、実行力に優れるか、調整能力に優れるかは、日々働いていればお互いに分かります。


大卒の学歴は新卒や第二新卒の求職時の評価で意味を持ちます。面接時間20分くらいで、大勢を一斉に選考するような場合は、画一的に処理する必要があり、学歴を求職者の記憶力、理解力を示す指標として使われています。正確には、企業は大卒の資格を持った人が欲しいのではなくて、記憶力、理解力、情報判断力に優れた人間が欲しいのです。大学はその判別用のラベルということです。


なので、30代くらいになると、学歴は関係がなくなってきて、実力次第となるわけです。多くの場合。


しかし、これは物足りない回答だと思います。


実力次第」って、恐い話ですよね。そうした模範回答を言う人は質問者が実力で上位になれる保証なんてしてくれないわけです。


大学受験という情報処理能力テストで、有名校出身者は優秀だったのですから、実力でも上位になりやすいのが実際のところです。もちろん落ちこぼれはいますけど。他方、勉強が得意でなく、無名校を出たとすると、実力で上位になれるのは必ずしも保証されていないことなのです。

有名大学を出ている人は、情報処理能力に優れているので、実力もあることが多いのです。逆に、出身校が、有名大学ではない場合、自分を有利にするための作戦を考える必要があります。単に頑張れば良いってもんじゃありません。有名校進学者も頑張りますから。


自分を有利にするための作戦を立てる

作戦としては、実力について言えば、所属する集団の中で、相対的に、頭が良い、優秀などと思われればよいのです。

つまり、実力に関しては、勤務している会社の中で、頭が良いと思われる方に入れば大丈夫ということです。世の中の絶対的な基準に沿う必要はないんです。

一般的には、勤務している会社の中で大きく見劣りしない大学を出ていれば問題ないと思います。大学名よりも、所属しているグループの中で相対的に優れることが大事です。そうすれば、出身校は問題になりません。


相対的に優秀と思われるための方法

努力して優秀と思われる組に入る、というのは当たり前ですが、戦略性がありません。相対的に優秀と思われるためには、方法は4つあります。


1. 敵が弱いフィールドを選ぶ

一番大事なのですが、自分が優秀の組に入れるような業界や、会社を選ぶ、ということです。人気の業界、人気の会社には優秀な奴が集まります。まずはそういうところは避けることです。勝ちやすきに勝つのがビジネスでも基本です。会社の中でも自分が相対的に優秀な部門に入るようにする、などです。


2. 得意な分野を作って勝負する

社内で得意な人間がいない、もしくは、少ない分野を見つけます。そしたら、そこに集中して努力して技術を身につけることで、「その分野なら優秀」という自分の得意な分野を作ることです。


3. 予習をすることで優秀に見せる

他人より知っている、というのは優秀に見えます。ある分野に関して事前に研究しておくことで、その分野に関しては優秀に見えるのです。これは「予習」で解決できることです。予習すべきことは、業界の歴史、常識、社内の過去の事例、常識、自分が強化している分野、です。


4. 習熟度を猛烈に上げる

RPGにおける経験値上げのようなことをすると、知見が貯まりますので優秀に見えます。どうするかというと、仕事・研究のスピードを上げて、かつ、他人よりも長時間働くことです。1.5倍速で、2倍働けば、3倍できます。4ヶ月続ければ、他の人はまだまだ新人ですけども、3倍速でやれば4ヶ月経過した時点で1年間分の経験が貯まることになります。RPGでも、毎日ぶっ続けでプレイすれば、毎日数時間しかプレイしない奴に比べて、レベルがすごくあがりますよね。それと同じです。

結局、「分かる」とか「出来る」というのは、経験量がかなり大事なのです。

ある局面でどうしたら良いかというのは、新人の頃は分からないことが多いでしょう。新人にありがちな失敗は、失敗しないように考えて考えて考えた末にやってみて失敗するケースです。考えた時間が無駄です。そういうときには、有望と思われる方法を3つ考え付いたら、3つすべてを片端から試すのがいいんです。5つ思いついたら5つ全部やる。やってみれば、失敗も多くしますが、どれが良いか分かります。その後は似たような状況で最適な方法をすぐに実行できるようになるのです。ただし、全部試すのは時間がかかります。だからこそ、スピードを上げて長時間やることで時間を確保するのです。4ヶ月を3倍速で過ごして、1年分を先に経験してしまうというのはそのためです。


上記の4つの方法を組み合わせて行うことで、相対的に優秀と思われるようになれば良いのです。


いかに自分を有利にして戦うかということを考えることが大事です。人生の勝負は宝くじではないんです。当たったらいいな、外れたら仕方ない、という一か八かで勝負してはいけないのです。


僕は、ただ有名な会社に入れば良いというものでもないと思うんですね。入ってからが勝負なのです。有名な会社には優秀な人間が集められていたりします。そこで毎日負けていく、劣ることを証明されて行くくらいなら、もう少し小さい会社で自分が優秀な組に入ったほうが良いと思います。自分の程度の合うところで働くのが一番だと思うんですね。もちろん、その優秀な中で揉まれて切磋琢磨できるなら良いんですが。


人生の勝負は素手で戦ってはいけません。自分が高確率で勝てる形をいかに作るかです。勝ち目のないことをしてはダメなのです。参加することに意義はありません。人生は勝たないとダメです。勝つことで自分がコントロールできる領域が増えていきます。そうでないと、自分がコントロールできない領域に囲まれて、生きづらさが増していきます。自分にとって不快な状況が増えていきます。生きづらさを減らすためにも、勝つための作戦は必要なのです


僕はそのように考えています。

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動物の生き方の潔さに学ぶ

動物って凄いなあと思うことがあって、みな生まれたときから生き方が決まってる。例えば、オオアリクイなら、蟻を食うぜ!って決まってるし、それに適した身体だし、蟻の巣を見つける技術もある(と思う)。ライオンなら、狩りの技術を子供のころから学ぶし、生肉ばっかり食って一生を終える。

もうすぐ42歳になるけど、今になって分かることがある。人間の人生も動物全般の生き方とたいして変わらない。むしろ、動物の生き方のほうが参考になるなあと(以下「動物」は人間以外の動物の意味で使う)。

もちろん、さすがに動物のように生まれたときから、職業が決まってるというのは人間では少ない。でも、なるべく人生の早いうちに自分が一生を捧げる職業を決められたら、そのほうが良いということ。

僕が若い頃は、なんでも自己決定できると思いこんでいたけど、才能や環境はあまり選べるわけではないから、自由に選べるわけじゃないんだよね。

また、自己決定するための時間といっても、人間は動物の中では長生きだけど、数倍から10倍くらいでしかない。肉体的な若さでいうと、10-20代が全盛期だから、肉体系の訓練が必要な職業に就くなら10代前半までには決めておかないとダメだ。

だから、料理人になりたいとか、パイロットになりたいとか、医師になりたいとか、そういう場合は高1のころには決めて、それに向かって動いていないとダメだよね。

僕はまったく逆に考えていた。何になるか決められているなんてまっぴらだ、と。親の職業を継ぐというのは前時代的なことなんだと。だんだんと自分に向いているもの分かってきて決まってくるんだと。自分で決めるんだと。逆に決められていて、それがイヤだったらどうするんだとか、向いてなかったらどうするんだとか、その職業が無くなったらどうするんだ、とか、そんなことを考えて先延ばししていた。

動物なら、例えば、蟻がいなくなったらオオアリクイは生きていけないだろう、でも、人間なら他のものを食べて生きていける、人間は選べる自由があるんだ、という考え方をしていた。

しかし、今から考えると馬鹿げた考えだ。確かに、蟻がいなくなったらオオアリクイは生きていけないだろうけど、蟻がいなくなることが起きる確率なんて無視できるほど低い。むしろ、特化していることで自滅するより、その特化した技術で生き残れる可能性のほうが高い。汎用的な無能より、特化した有能のほうが価値が断然高い。そんなことが分かるようになったのはだいぶ後のことだった。


僕はモラトリアム人間に過ぎなかった。何が出来るというわけではないのに、30歳近くまで自己決定を先延ばししていた。何にでもなれる状態を残していた。要は、これで生きていくという一つに決めてしまうことが恐かったのだ。何が出来るというわけではなかったし。決められなかった。

当時の恐れというのは、何か職業を選んでも、向いてなかったらどうしよう、その職業がなくなったらどうしよう、というものだった。

しかし、向き不向きなんてある程度までは関係がないのだ。向いてるじゃなくて、自分を訓練して熟練することのほうが大事なのだ。熟練すれば出来るようになる。それだけのことなのだ。また、その職業が完全になくなる可能性は高くない。大抵は何かはあるものなのだ。多くの場合、汎用的な無能より特化した有能のほうが生き残れるのだ。

人生で大事なことは、自分にぴったりのメニューが出てくるのを待つよりも、目の前に出されたメニューをどうするかを考えるほうが現実的なのだ。

自分の目の前に出されたメニューをイヤだと拒否していると何も進めない。選ぶことで他の可能性はなくなることが恐かったのだ。

しかし、繰り返すが、何も選ばず汎用的な無能でいるよりも、何かを選んで特化したほうが生き残る可能性が高い


だから、漁師の家に生まれて漁師になる、というのも素敵なことだし、親の職業を子供も目指すことに、昔はそういうのに反感を持っていたけど、なんだか悪いことではないんだなあと今は思う。

結局、何を選んでも自分であることは変わりないのだ。どれを選んでも自分の人生になる。それぞれがまったく違う人生であっても、それはどれでも自分の人生として十分なものになるんだろうなと今は思える。

例えば、僕は商船大学の動力システム工学科に受かったことがあったけど、そのときは船なんてまっぴらだと思って行かなくて浪人を重ねた。でも、今から思うと、そちらはそちらで楽しい人生だろうなと思う。船の機関士で船であちこち行くのも楽しいだろうし、造船や発電所などの仕事もあったろうなあと。もちろん、今やってる仕事も楽しいから、結局、どれでも良かったのだと思う。


今ならわかる。自分で決められることなんて大したことはない。無いものねだりをしても、チャンスが降って来るわけじゃない。高校1〜2年生のときに良く考えて、自分の目の前にある選択肢の中から選び取ってしまうこと。他の可能性を捨てて、それに向かって邁進すること。真剣に長い間取り組めばスキルは身につく。まずは動物のように、これで生きていく、という特化したものを持ってしまうことだと思う。



動物は偉いなあと思う。生まれたときから、それで生きると決めているわけだから。ほかの可能性を捨てることで、生き残る可能性が上がっている。僕はなかなか潔く生きられなかったので、動物の生き方の潔さは偉いなあとつくづく思う。

遭難しそうになったらビバークする

といっても、山登りはしたことないので、たとえ、なんですが。

岳 (1) (ビッグコミックス)

岳 (1) (ビッグコミックス)


「岳」を読んでて、いいなー、と思ったのは、遭難しそうになったら、ビバークするところなんです。

ビバーク(Wikipedia)

まあ、実際のビバークはいろいろ違うんでしょうけど、僕なんかはいろいろやってきて、30代も今も山あり谷ありでいつも順調ではないんですよね。会社が経営が不安定になったりとか、買収されたりとか、そういうときっていろいろ不安になるわけです。「うまくいかないなー」というようなときですね。


うまくいかないとき

うまくいかないなー、というときは、何が必要な能力か観察して自己改造するのが基本だと思います。そういうことをこのブログで散々書いていますよね。


あまりに自分ではどうにもならないとき

でも、あまりに外部環境の変化が大きいときとか、自分ではどうにもならないときというのがあるんですね。

そういうときは、焦って動き回って消耗して、自信をすべて消失して自滅するってケースがあると思うのです。

もちろん、そういうときも、コツコツと陰で自己改造は進めます。でも、今どうにかしたら、すぐ良くなるかというとそうでもないときというのがあります。どうにもならない状況では、「今どうにかなる」なんて期待して動くとダメになってしまうことがあるんです。

そういうとき、僕は「自滅を避ける」って人生でとても大事だと思っています。これは意思です。

「こんなところで僕はダメにならない。」「こんなことで僕はつぶれない。」と思う心です。どんなときも強く思うことなんです。

自滅を避けるには、自分の今までやってきた自信を崩さないことです。そういうときは自信を失いやすいんですね。うまくいかないときは、今まで積み上げたノウハウやスキルが通用しないときですから。そんなときでも、今までもノウハウやスキルが身につけられた、これからも身につけられる、と思い込んで自信を崩さないことです。

自信を失いそうな中でも、2本の足で踏みとどまることだと思います。足元が揺らぐ中でも踏みとどまるんです。たとえではありますが、実感としてそんな感じですよ。

人生は前進したほうが良いのは確かです。僕もそうしてきましたけど、厳しい状況になったときは、焦って前進しようとして消耗するよりも、踏みとどまって消耗を最小限に抑えたほうが良いときがあると思うんですね。そういうときは、踏みとどまって耐える。作戦を練り直すのです。


それで、「岳」に出てくるシーンで、遭難しそうになるときに雪洞を掘ってビバークするのを読んで、人生も同じだなーと思ったのです。(まあ、たとえ、ですから実際は違うのでしょうけど、イメージとして)


あとは感謝

あと、人生でビバークしているときは、感謝を唱えているといいですよ
ほかにやることがないですから。最善を尽くしたあとは、感謝です。自分の周りの人すべてに感謝とか、今までの機会に感謝とか。考えていくと感謝するものっていっぱいありますからね。

対照的に、止めた方がいいのは「神様に何とかして下さい」と神頼みすることです。不安だけが募りますし、神頼みして状況が変わるのであればラクですが、そういうことは現実ではありません。

状況は必ず変わります。そして、今まで頑張ってきたあなたは新しい状況に対応してノウハウを作り、スキルを身につけることが必ずできます。それを信じて、踏みとどまることだと思います。

大学/資格試験に受からないことの意味と「冒険の終え方」

コメント欄で質問をもらって答えているうちに、そうだったなー、と思い出したので。


大学/資格試験に受からないことの意味と「冒険の終え方」


実はそれについては、何年か前に書いたエントリで書いています。

大学受験5浪したときのこと。そこから得たこと。(前編)

僕は、世間を知らない、自分を過信する、他人の言うことを聞かない、という問題があってそれが不合格ということに象徴的に現れていた。

試験というものは、出題側が決めた正解にどれだけ習熟できているかというものを問うわけだが、世間の常識(正解の知識)もなしに自己流の解答を貫くと採点基準で落とされるということなのである。

つまり、世間においては世間的な常識に無知なオレ的正解など何の価値もない、ということなのだ。今からすると当たり前のことだが、当時の僕は原付免許で何回も落ちたり、大学に何回も落ちたりすることで、やっとそういうことに気が付かされたのだった。


試験とは素直さを問う

要は、試験というのは、他人の言うとおり出来るかを問うもの、なんですね。

だから、求められるのは、第一に素直さ。素直さというのは、「他人の見解(教科書や勉強法・トレーニング法など)を素直に受け入れられる」ということだと思います。

試験というのは、世間的に正解があることしか尋ねてこないですから。教科書が必ずあります(または主流となる学説)。世間的に正解とされていることを身につけているかどうかを問われているのです。

もちろん試験によって難易度の差はあって、東大とFランク大学では難易度は大きく違いますけど、素直さが問われるのは同じです。ただ、その求められる素直さを達成する技術力・体力が違うだけです。

他人の言うとおり出来るかの達成難易度が違うだけなんです。例えるなら、フルマラソン(42.195km)を走れという設問に対して、東大なら完走タイムを4時間切れというような話で、Fランク大学なら、ハーフマラソンを時間問わず完走すればいいよ、みたいな話だと思います。

他人の言うとおりやるにしても、求められるレベルが高いと、それを実現する体力や技術力などは必要になってきます。それを鍛えるのが受験勉強だったりするわけですね。


受からない人は素直さが足りない

というわけで、受からない人は素直さが足りないんですよ。

偉そうに言うわけではなくて、まさに僕がそうだったんですよね。不良ではないので、自分では良い子と思っていたくらいですが、言うことが聞けなかったですね。ともかく身体と頭が受け入れなかったんですね。受からない人は自分に素直さが足りないというのは考えてみる必要があります。そういう人は本人自身の自覚はゼロでしょうけど、受からないってことは素直じゃないってことですよ。「そんなことない!」なんて思った人は、まさに「素直」じじゃないんです


素直さつけるにはどうすればいいか

では、素直さが足りないのはどうすればいいか。答えはそんなに難しくないです。とにかく、「教科書の文章をまるごと覚える」「問題集を解き、答えあわせをしたら、答えを覚えて、もう一度解いて正解が書けるまでやる」、「先生の言ったとおりやる」、です。これをぐだぐだ言わずに、黙々とやる。やらないから出来るようにならないんです。


もう一つ必要なのは、根気強さ

素直さが第一に必要なのですが、次に必要なのが、根気強さです。

他人の言うとおりやるというのは1回じゃ身につかないんです。身につくまで練習を繰り返す必要があります。これが勉強であり、トレーニンです。身につけるまでトレーニングを繰り返す、という根気強さが必要なんです。

他人の言うことを素直に聞いて、身につくまで根気強くトレーニングすれば試験は受かります。


「受からない」について

ただ、何年やっても受からない試験というのもあります。難しい試験ですね。

「まだ本気を出していなかったから」というのは無しにしましょう。普段の取り組みで何年やっても受からないというのは、あなたにとっては難しい試験なんです。出来る人は受かるわけですから。

たとえですが、フルマラソン3時間切らなければいけないような超高難易度の試験も世間にはあります。それは自分の体力と相談しつつ、無理そうなら、自分の出来る範囲の難易度で目指せばいいんです。Aランク目指したけど、自分はBランクが精一杯だったとか、Eランクが受かるところだったのであれば、それでいいんですね。

ただ、困ったことに、難関国家試験だと、Aランクしかなかったりするのですね。受からないと、ほかに進みようがないし、ずるずると受験の深みにはまってしまいます。

僕は思うんですが、5年くらいやって受からないというのは、エベレスト登山を目指して途中で失敗して死んでるくらいの状態だと思います。資格試験なので命までは取られることがないので無事生きてますけど、エベレスト登りに行ってたら俺は死んでるよなーとか思って、命あってこそと思いなおして、別な人生へ転身するとか考えるのも良いように思います。

ま、私はそうしました。それだけのことです。


受験はリスクのある人生の冒険

どちらにせよ、受からないのであれば、他の道を探すしかありません。死ぬまで受験することなんて出来ません。受験失敗で命がとられるわけではないのです。命だけは助かっているのだから、別な道で別な人生を歩むのが幸せだと思います


要は、受験は、リスクのある人生の冒険です。「冒険の終え方」について私たちは学んでおく必要があると思うのです。誰も教えないですからね。RPGゲームではやらない部分ですしね。


冒険は続く

一つの冒険が終わっても、私たちには人生は続きます。失敗した後は、当初目指していたのとは違う道を歩むことになりますが、その別な道には、また別な冒険があるわけで、失敗して終わりじゃありません。一つの冒険が終わっただけです。成功しようが失敗しようが、生きるかぎり続く冒険の山をこなしていくのが人生です


そして、かならず冒険は成功か失敗かで終わるのです。皆が皆成功して終えるわけじゃないんです。冒険は半分以上が失敗して終えるのです

大事なことは、冒険をして失敗するのは当たり前であることから始めることです。そうすれば成功させるために本当に必死になるでしょう。また、失敗したら、今度は成功させようと必死になればいいんです。より勝率の高い勝負はどれか、自分が強い(勝ちやすい)勝負は何かを知るようにしていって、そうやって人生の冒険の成功率を高めていくんです


僕が受験で学んだというのはそういうことでした。