ビジネス本マニアックス

内藤による働く人のためのビジネス本紹介サイト⇒自身の30歳の就職活動についても書いたり。10年くらい更新止まっています。⇒「はてなダイアリー」から「はてなブログ」へ移転しました

スーパーセールスの神話 (2003/02/08)


  内藤はモノを売る仕事をしているが、売っているものは「理科学機器」「理科学製品」というヤツで、物理知識がないと良くわからんものだ。買うお客さんは大学や研究所の研究者か、メーカーの開発担当者ということが多い。で、欧米から輸入してきて国内に販売する売上高20億円未満の小さな専門商社なのである。


  会社として小さいこともあるし、商社ということもあるし、扱う品物がマニアックなものなので、従業員の質があまり高くなりにくい。本当は、理学部や工学部を出た上に、院まで行って、英語はペラペラで、専門文献も読めて、業界トレンドに通じて、アタマが良くて、しかも営業が巧い、という人材であってほしい。だけれども、そんな人材はいるわけがないので、先ほどの素質の中でいくつか欠けている人間が採用される。下手をすると、先ほどの望ましい素質を何も持っていないこともある。一番多いのが、文系学部出身で、英語はとりあえず出来るから輸入商社にやってきました、ということが多い。だから商品についてチンプンカンプンだ。


  商品について知らないのに、商品が売れるのか? という疑問が当然にあると思う。内藤も思った。もちろん、それに対して内藤の勤める会社の考えは、売りながら学べばいいじゃない、というものなのである。ところが、高校生のときから文科系でバリバリの文科系学部出身者が、売りながら「理科学機器」を理解していくというのは、とても気の遠くなるようなことなのだ。だから、一部の人間は一生懸命勉強していくが、そのほかの大勢は分かったフリだけすることで済ましてしまう。


  分かったフリで済ませられるのか、というとこれまた不思議なことに済ませられたのだ。というのも、お客さんは欧米で売られている先端機器や製品が欲しくてしようがないので、お客さんがプロということもあって、お客さんが欲しいというものを言われるがままに売るのだ。そんな感じで商売が成り立っていた面があるので、商品知識がなくても売れたこともあった。つまり、マーケットがとても小さく、ニーズが特殊で、特注が多いゆえに、そこでのんびりと商売が出来たのだ。ところが、ま、それでは現在では必ずしもうまく行かなくなってきている。同業の競合会社が多く出てくるし、お客さんにも知恵がついてくるからだ。そこでハタと困ることになる。


  ただまあ、フリをすることで長年仕事をしてきたヴェテランは変われないし、比較的若手にしても、今までの人生を文科系で過ごしてきたので、明日から突然、物理知識や化学知識を駆使してお客さんとメーカーの間を取り次いでいくなんてことは出来るわけがない。大学で文科系に行くというのは、高校生のときに物理や数学が嫌いだったからというケースが多いだろう。そんなわけで、ゴマカシゴマカシの日々が続いていく。


  しかし内藤にはもう分かっている。この業界でうまくやるには、物理が分からなければダメだ。もちろん研究開発するレベルで出来る必要はない。ただ少なくともカタログが読みこなせる程度の物理知識、科学の常識が不可欠だ。内藤の勤めている会社はそれについてゴマカシているが、内藤にはもう分かっている。「理科学機器」の販売成績は、営業マンの物理知識と高い相関関係にある。それが事実なのだ。


  この重要な関係を、文科系の分かったフリ営業マンはごまかす。営業スキルで知識がなくても売れてしまう者がいる、というわけである。しかしそれは違う。それは例外に過ぎず、短期的な現象に過ぎない。長期で見れば、営業成績と物理知識の間には高い相関関係がある。ここで、知識だけあってもしようがない例として、物理知識はあるが、人間関係力がまったくダメという成績の上がらない営業マンを反例としてあげる人がいるかもしれない。しかしこれこそ、例外に過ぎない。物理知識がないのに人懐っこさだけで売れてしまう文科系営業マンと同様の例外に過ぎないのだ。


  「営業力があれば、商品知識がなくても、スーパーテクニックで売り込めてしまう」というスーパー営業マンの神話がある。しかしそんなことは普通、存在しない。もちろん情熱でもって商品を押し売りまがいに売ってしまう「スーパーセールス」もいるだろう。しかしそんな押し売りスーパーセールスマンは、では10年後に同じように押し売りセールスをしているだろうか? ということなのだ。そんなセールスは長続きしない。情熱が続かないからだ。もちろん長続きする人もいるだろう。だがそれこそ超人であって、普通の「凡人」にはとても無理なのである。


  内藤が言いたいのは、何でも売ってしまうスーパーセールスという営業の神話が作る幻想をはぎとりたいのだ。内藤のやっているような「理科学機器」「理科学製品」というものの営業においては、物理知識に基づく商品知識の高さと営業成績に高い相関関係がある。営業成績を上げようと思ったら、商品知識を高めるのがもっとも正しい方法だ。


  ところが、もともと物理が苦手で文科系学科に進んだ営業マンは、きちんと物理を学び、商品を理解することを避けようとしてしまう。そして安直な方法を取ろうとするのである。つまり、どうすれば「売り込めるか」を考えるのだ。スーパーセールスの真似事をしようと試みるのだ。しかし、営業に奇跡は存在しない。コンスタントに成績を出すには、ドラえもんの秘密の道具のような神話に頼るのではなく、事実に基づく分析と計画が必要なのである。


  「理科学機器」の営業成績と営業マンの物理知識に基づく商品知識の深さには相関関係がある、ということを認めれば、成績を上げるためには学ぶことが一番の近道と分かる。特に大切なのは、難易度の高い商品への態度だ。難しくなればなるほど、安直営業マンは、難しいから分からなくてもイイ、などと寝言を言い出す。逆なのだ。まったく逆なのだ。難易度が高い商品ほど、分からなければダメなのだ。だからそのためには、時間とエネルギーを多く注ぎ込んでマスターすべきなのだ。このことを理解しない人間は結構多い。要領が良い人間ほどダメだ。試験勉強が得意なほどダメだ。


  難易度が高い商品ほど、いくら時間がかかってもいいから、理解するまで頑張らないとダメなのだ。ここが商売と受験勉強の重要な違い。受験勉強というものは、試験での合格が目標だ。そして試験というものは、平均より少し上を狙うというのが合理的な戦略である。不合格者さえ出来る問題は必ず出来なければいけない。合格者が出来るレベルの問題はある程度出来なければいけない。そして、合格者でさえ間違うような問題は初めから捨てていい。これが受験の要領である。勉強時間はその重要性に従って配分するのが正しい。


  ところが、商売においてはこれがまったく逆になる。誰にでも売れる商品は捨てなければいけない。というのも競争が激しく差別化が出来ないからだ。労力多くて得るものが少ない。ところが、難易度の高い商品は、自分にとっても難しいが、他社の営業マンにとっても困難なのである。簡単な話、難易度の高い商品を一度マスターしてしまえば、その販売という極小のマーケットにおいては、他の営業マンに対して圧倒的に優位な立場を取れる。また、勉強が大変ということもあり、他人にとっての参入障壁は高い。他社が入ってこないと利益が多く取れるので利益率がとてもよくなる。勉強するだけのメリットがあるのだ。


  しかし、普通の文系安直営業マンは、難易度の高い商品を簡単に諦めてしまう。3ヶ月とか6ケ月くらい努力して、マスターする前に投げ出してしまう。それではその商品はモノに出来ないし、次に活きてこないのである。ひとつ、きちんと学んでおけば、必ず応用が効く。物理法則なんてたいして数は無いのだ。ひとつふたつマスターすれば応用が効く。


  そういう基本が出来ないと、簡単な商品を求めてさまよう羽目に陥いる。簡単な商品のマーケットには、同様の無数の安直な営業マンがうごめいていて激烈な競争に陥る。利益も少ない。そして、そこで安直営業マンは、ありもしないスーパーセールスに思いをはせるのだ。スーパーテクニックと人懐っこいキャラクターがあれば注文がどんどん取れるのにな〜、と。


  しかし違うのだ。最初が違っている。きちんとした分析と計画があれば、スーパーセールスなんて不要なのである。もちろん人懐っこさはあるに越したことはないし、営業テクニックも不要なわけではない。しかし、テクニックを追い求めると、先ほど述べたような「販売成績と商品知識の相関関係」といった基本がおろそかになるので、策に溺れてしまう。小手先では一喜一憂する日々からは決して抜け出せない。というのもそれは毎日をごまかして生きるからだ。内藤はそう思うのである。




  いちおう付け加えておくと、商品知識があるからといって、それを客先でペラペラ話すことが結果につながると内藤は言っているのではないのである。知っていれば、お客さんと楽しく話が出来るということなのだ。また、知識があれば、商品の目利きも出来るし、商談の見通しも立ちやすく、無駄な商談をかなりの確率で事前に避けられる。やはり知識は力なのである。

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